| 2025年9月7日(日) 四天王寺 | ||
| 2025年大阪・関西万博の夜間見物の前に、聖徳太子が建立した四天王寺を参拝する。 593年、仏教導入に積極的な蘇我馬子と反仏教派の物部守屋が戦った折、仏教が日本の発展、統治に必要と考えた聖徳太子は蘇我氏に味方し、不利な戦況を覆そうとして自ら四天王像を彫り、戦勝の暁には四天王を祀る寺院建立を誓ったという。その祈願が叶い、日本初の仏教寺院として建立されたのが四天王寺といわれている。 建物は南から北へ一直線上に、南大門、中門、五重塔、金堂、講堂が配置され、中門と講堂をつないで四周に回廊がめぐらされている。この伽藍配置が日本最古のものと本で知ってから、聖徳太子の建立したお寺であることもあって一度見てみたいと、興味を感じていたお寺である。 西門とも呼ばれる築700年を越える石鳥居、更に西大門を潜り、境内に入ると参道の両側には露店のテントが軒を連ねて建っている。35度を越える猛暑の境内は照り返しが強烈で、緑が少ないことも相まって乾燥しきった殺伐さが感じられる。 ![]() |
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| 講堂から南を撮影した写真 金堂の先に五重塔、その先に中門、更に先に南大門の屋根が見える 写真の右側には高さ300メートルを越える超高層のあべのハルカスが古代建造物と共演している |
西門の石鳥居 永仁2年(1294年)に木造から石造に作り変えられた鳥居 お寺に鳥居というのは不思議であるが 神仏習合の名残なのか あるいは聖徳太子の時代には依然として日本古来の神道の影響力が衰えていなかったのか 興味深い鳥居である |
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| 四天王寺西大門 |
四天王寺境内 |
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回廊で囲われた一直線配置の中心は、何と言っても五重塔といえる。法隆寺の五重塔と類形をしているが、7回の消失を経験したため、1952年の再建では鉄骨鉄筋コンクリート造で建築されている。五重塔の入口石段には、禁止の貼紙にもかかわらず、外国人観光客が石段を塞ぐように腰掛て雑談している。外国人観光客のマナー違反が指摘されているが、数の力と言葉の問題もあり、困ったものである。 日本最初の本格的な寺院の伽藍、しかも聖徳太子建立と聞けば飛鳥の香りを求めてしまうが、35度を越える猛暑の陽射しが強烈で、飛鳥の香りや厳粛な雰囲気を味わうことは望外のことで日陰を求めて大汗の見物であった。 |
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| 四天王寺回廊 照り付ける陽射しを遮り 回廊はひと時のオアシス 恋人同志と見受ける外国人の男女が五重塔を背景に写真を撮っている |
四天王寺五重塔 高さ37メートル 593年に建立されて以来 7回も消失、再建を繰り返し 現在の塔は鉄骨鉄筋コンクリート造の8代目 法隆寺の五重塔と同じ飛鳥様式の塔で 高層ビルが林立する現在とは違い 聖徳太子の頃にはこの世の元とは思えない威容を示していたことであろう |
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